人それぞれ自分の型とも言うべき悩みのフォーマットを持って生きている。
悩みのフォーマットとは人それぞれが持つ固有の悩みの型であり、悩みの初期設定のことである。
私はとりあえず、そう呼ぶことにした。
悩みはある程度のパターンはあるものの、人それぞれに十人十色、千差万別の悩みがある。
この悩みのフォーマットは、外見から始まり、才能、能力、勉強、健康、病気、人間関係、家族、家庭、恋愛、結婚、仕事、職場、お金、生い立ち、社会状況等、人を取り巻く全ての悩みで構成される。
この悩みのフォーマットこそが私たち個人個人に与えられた課題であり、克服すべき試練なのではないかと思っている。
人は切羽つまらないと動かない。
できれば楽にいたいものである。
しかし、悩みのフォーマットが私にはめられた時点で、私は努力せざるを得なくなった。
この悩みのフォーマットを克服しなければ社会で生活が全くできないのである。
何から手をつけたらいいのか分からないので、腕立て伏せをしたり、ランニングから始めた。
それから、読書も始めた。
どれも直接的に悩みのフォーマットに対して効果があるわけでもなく、ただ、何もやらないよりいいだろうという思いだけで行った。
悩みのフォーマットがなければどんなに楽だったろうと悔やむことも多々あるが、ここで得られた努力の蓄積は何ものにも代えがたい貴重なものになった。
私は、ここで行った努力により大きく成長できたように思っている。
昔の楽に生きていた自分に戻るわけではなく、苦しいけど、今の自分の方がいいだろうという感覚である。
無知ゆえの思い込みで行動していた頃より、多くを知り、その上で行動する今の方がいいと思える。
昔の楽で無知で自然体で生きていたと思える頃の私が本来の私ではなく、苦しいことも抱え、それに対して、何かしらの答えを出し続けた今の私が本来の私なのではないかと思える。
学校を卒業して就職し就職した所で一生働くというのが人生だと思っていた時期がある。
しかし、思ったより社会は不安定だということに気づいた。
今は、その努力の蓄積がきっと役に立つときではないかと思っている。
努力の蓄積は、行動するときに活用してこそ役に立つ。
努力の蓄積は知識や能力を向上させるだけでなく、思想に変化をもたらす。
新たな指針を持って人生を歩み始める。
悩みのフォーマットに関しては、今も、なければどんなに楽に暮らせただろうと思うことがある。
しかし、この悩みのフォーマットが私に与えられていなかったら、この努力の蓄積はけして得られるものではなかった。
なぜなら、私は、かなりの怠け者だからだ。
悩みのフォーマットは人それぞれにそれぞれ固有の型がある。
悩みのフォーマットが人それぞれに与えられた特有の課題だとしたら、
それを解決するために得られた努力の蓄積は、その人の得るべくして得られた能力なのではないだろうか。
その能力は、今後の人生に大きく影響するとともに、あなたの支えとなってくれるだろう。
※上記文章は一個人の理想論の記録であり、誰に強要するものでもありません。