なぜ勉強するのか

なぜ勉強するのだろう。

頭の悪い私にとって勉強は苦痛以外の何ものでもなかったが、今一度、その理由について考えてみた。 


 
基盤となる人間形成や、人間のあくなき向上心からくる学びの欲求などもあるだろうが、自分のやりたい職業に就き仕事をしてお金を稼いで自立した生活を送れる人になるというものが大きな理由ではないだろうか。
 
 
 
自分のやりたい職業につき仕事をしてお金を稼ぐには、必ず勉強が必要だ。

どの職業でも専門性が進み、その分野のノウハウや知識や技術をマスターしないと仕事にならない。

この勉強は学生時代よりも社会に出てから学ぶ事のほうが多い。
 
 
 
また、お金を稼ぐということは大切だ。
 
お金を稼ぐことで自立した生活が送れる。
 
 
 
学生時代の勉強は学術的なものが多く、広範囲におよんでおり、実社会に則したものが少ないため、本来の目的が見えづらくなっているように思う。

受験の為の勉強というものもあるが、合格し入学した後も学生であるうちは学校にお金を払う立場であり、まだ一方的な消費者なので最終目的ではない。

学生時代を終え社会に出たときが、今まで勉強してきたものを活用する時なのである。
 
 
 
親に勉強しろとだけ言われ、子供は勉強が仕事だと言われ、なんだか退屈だなと思いながらも、疑うこと無く勉強した人も多いと思う。

親を喜ばせようという理由だけで勉強した人も多いと思う。

親の期待にそえず挫折した人も多いと思う。
 
 
 
勉強は親のためにするものではない。

最終的には自分の自立した生活のためである。

だから、自分の進むべき道に必要となる勉強を進んでするべきである。

その勉強は学校では教えてくれないものかもしれない。
 
 
 
 
 
 
※上記は一個人の理想論かつ妄想であり、誰に強要するものでもございません。